デカダンとラーニング

旅行や美術や読書についての雑記

慶基殿(2)

ここからは聖域ですよ、ということを示す紅箭門。日本の鳥居と似ている。

造餅廰(造餅庁)

かつて祭祀用のお餅をつくった場所

典祀廳

祭祀用の料理を調理したり、担当者が執務を行なっていたところだ。

御井

祭祀用の水はここから汲まれていた。

慶基殿(1)

慶基殿(キョンギジョン)入場

韓服の人もけっこう多かった

正殿

李成桂の肖像

李成桂(イ・ソンゲ)については、広通橋の記事でふれたことがあるが、彼が朝鮮王朝を開いたことにスポットを当てれば、慶基殿がどういった施設なのか分かりやすくなるかもしれない。
高麗の名高い武将であった李成桂は、中国で明が新興としてあらわれたときに、明を討伐するために軍を率いて出陣すると見せかけて、鴨緑江の威化島で引き返して高麗の王都を攻め、実権を掌握し、高麗の最後の王から王位を継承し、国王となって国号を朝鮮と改めた。
朝鮮王朝の太祖となった李成桂の先祖、李翰(イ・ハン)は全州出身で、全州李氏の子孫たちは全州を先祖を祀る聖地と考えてきた。
そのため第3代の王・太宗(テジョン)は父・李成桂の御真影(肖像画)を奉安した御容殿を置いた。御容殿は慶州や平壌にも置かれたが、全州に置かれた御容殿が慶基殿である。

梧木台

梧木台は戦いに勝った李成桂が宴を催して『大風歌』(中国の楚漢戦争で、項羽に勝って漢の高祖になった劉邦が詠んだという漢詩)を歌ったという場所とのことだ。

私もしばらくの間くつろいだ。

なんだか本やネットで出てくるような画像を撮ろうと躍起になっていた気がする。

梧木台を下って慶基殿まで歩いているうちに、「(韓屋村は)私が見たかったものと、ちょっと違うかな」という気になってきた。テーマパークっぽいものが好きな人には合うだろうし、楽しめもするだろうが、少なくとも全州韓屋村は私には合わなかった。とりあえず慶基殿に入ることに決めた。

梧木台へ(2)

ちょっとした丘という感じでそこまで疲れなかった。

梧木台

全州韓屋村の上から眺めたショットで、韓屋の屋根が密集している写真や画像がよく旅行ガイド書に載っていたりする。また朝鮮出兵をあつかう歴史番組で韓屋が炎上するイメージ映像に全州韓屋村の眺望が用いられていたりするのも思い出した。

梧木台へ(1)

慶基殿(キョンギジョン)の入口だ

下馬碑

梧木台(オモクテ)までに、屋台もあれば店もありギャラリーもあったのだが、若者を呼び込むために意図的に村興ししました、という感じがしてきて、私個人はいまいちワクワクしなかった。