西班牙彷徨
ギュスターヴ・モロー《ヘシオドスとムーサ》 きれいな写りの方はこちら イタリア留学、そのあと更なる研鑽を重ねたモローは、実に9年ぶりにサロンで自己の独創性を問うた。その作品は現在ニューヨークにある《オイディプスとスフィンクス》で、その後は古代…
ギュスターヴ・モロー《ヘシオドスとムーサ》 この記事を書くために読んだ参考図書には1892年3月9日に開かれた第一回薔薇十字展の憲章(審査基準)というものが載っていて、それを読むと考え込んでしまったのである。審査基準の詳細は省くが 「ここには1874…
トマ・クチュール「頽廃期のローマ人」(1847年サロン出品) この絵について書きたいと強烈に思った時期があったが、今となっては「どうしたものか?」と思っている。もちろん、クチュールの作品が悪いのではないし、当時のサロンで名声を確立したこの作品のす…
オルセー美術館内部 写真は撮ったが、誰の絵かをメモしてなかった。 アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」(1863) オルセー美術館で目に付いたカバネルの作品は「フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの死」もあったが、やっぱり印象に残…
カミーユ・コロー「朝、ニンフたちの踊り」(1850) カミーユ・コロー(1796-1875)の作品については書くまで何故か時間がかかった。作品は素晴らしいのに、文章にしようとすると「書きたい!」という熱烈な思いが湧いてこないのである。 というのも芸術作品を鑑…
ミレー『春』(1868-73) 画家によっては《四季》を表す作品の注文を受けることがある。《四季》の絵といえば、ルーヴルで見たニコラ・プッサンの晩年のシリーズが印象に残っているが、それは聖書にテーマにした作品だった。 ミレーも《四季》の注文を受けた。…
ミレー「羊飼いの少女」(1862-64) この作品も日本に来たことがある。 日本放送出版協会『オルセー美術館1』の解説を引用すると、「美術愛好家ポール・テッスによる注文作。羊飼いの少女という主題はミレーがすでに何度も描いていたものであり、この作品は綿…
ミレー「晩鐘」(1857-1859) この作品も日本に何度か来たことがある。日本でご覧になった方も多いのでは? ミレーが農家出身であることは前回書いたが、この作品はミレーの小さい頃の記憶のなかにある感情を思い起こして描かれたところがある。ミレー自身、友…
ジャン・フランソワ・ミレー「落穂拾い」(1857) 前回少しだけ触れたバルビゾン派であるが、その発生についてもう少し書こう。 画家たちがバルビゾン村にやってくるのは1820年代に入ってからである。1824年にはバルビゾン村に一軒しかない宿屋兼居酒屋のガン…
アレクサンドル・ガブリエル・ドゥカン「フォンテーヌブローの田舎の農園の中庭」 オルセーに至っても「名作たち」シリーズで行きます。 オルセー美術館の作品はミレーやモネやマネ、ルノワールなど、有名な画家のものが多いが、私は最初にドゥカンという画…
地下鉄の入口にも、いろいろなデザインがあるのです モンマルトルの後、地下鉄でオルセー美術館に行くことにした。 地下鉄の駅を降りてからオルセー美術館まで、けっこう歩いたように思う。 地理的にいえば、オルセー美術館はセーヌ河をはさんで、ルーヴルの…
サクレ・クール聖堂の周りで休憩 モンマルトルの裏路地と、もとモンマルトル村の広場だったテルトル広場は、本当に画家の町だった。 広間に行くまでにも多くの画家が。 日曜日で人がいっぱい(笑) スケッチ画も売られていたり。 なんとオランダ風?のダンス…
マドレーヌ教会のあと、昔から現代に至るまでの芸術家の聖地ともいえるモンマルトルに足を運んだ。 坂道を登る 最初の画像に写っているサクレ・クール聖堂へは地下鉄ANVERS駅を降りて行った。駅を出て坂道を登っていくのだが、この界隈もお土産店や売店で賑…
なぜこの教会に行ってみたいと思ったのか、それはただ小説の中に登場する名前に惹かれていたからだった。 プルーストの小説『失われた時を求めて』でお菓子のマドレーヌは、主人公の意識感覚を至福の一瞬のうちに、小さい頃過ごした田舎イリエ=コンブレーへ…
サン・ジェルマン・デ・プレ教会の前(1) 教会での充電を終えたら、もうお昼時になっていた。この日は日曜日ということもあって、サン・ジェルマン大通りのカフェ街も、多くの人が訪れていた。 地図によれば、この辺りにはパリ大学、サン・ジェルマン市場、…
二日連続で「教会」に関する記事になるとは(笑)。 地下鉄サン・ジェルマン・デ・プレ駅を地上に出ると、旅行好きが目を奪われるような歴史を感じさせる由緒ある教会が建っていた。教会の名称はサン・ジェルマン・デ・プレ教会。数学嫌いには嫌われている?…
朝、水を流し街路を清掃する光景 パリの二日目、ユースホステルでの朝食は、長い机と長椅子にいろいろな国の人々と肩寄せあって食べるものだった。外国のユースホステルは、何らかの形で朝食が出るところが多い気がする。(日本でユースホステルといえば、近…
ガラスのピラミッド:内側から 一日中、どっぷりとルーヴルにいたわけだが、さすがに閉館時間近くになると館から出たいような出たくないような気持ちの揺らぎが生じたのだった。本当なら夜まで開館している曜日に行けたらと、今からすると思うのだが、実際の…
サモトラケのニケの周りでも人がまばらに。閉館時間が迫る。 フランスの歴代政治家の肖像画が壁にかかっていた、革命前のフランスの王族がつけていた宝石が特別展示されていた部屋をみたあと、ミケランジェロの作品がある部屋に来た。 ミケランジェロの作品…
アントニオ・カノーヴァ「クピドとプシュケ」(1787~93) さて、ルーヴル美術館の"名作たちシリーズ"も、いよいよ大詰めとなる。シリーズでとりあげた美術品の割合は、絵画が多くて彫刻は数えるほどだが、実際のルーヴル美術館には彫刻も充実している。 アン…
前回のダヴィッドの記事でフランス革命期の絵画をすべて紹介しようと思ったが、ダヴィッドだけで記事が埋まってしまった。 ポール・ドラロッシュ「殉教した若い娘」(1855) ポール・ドラロッシュ(1797-1856)もナポレオンの勇姿を描いた画家の一人で、代表作…
ダヴィッド「皇帝ナポレオン1世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」(1805~07) これまでにも、ヴィジェ=ル・ブランやユベール・ロベールなど、フランス革命に翻弄されつつも生き抜いた画家を紹介したが、革命の真っ只中に活躍し政治にも深く関わった画家といえば…
旅で出会った「妖精たち」が踊ってくれました(笑) 弊ブログでの西班牙彷徨シリーズは、未だルーヴル美術館を出ていないが、時期がくればフランスの田舎町から知合った旅の仲間について書くだろう。 その旅の仲間から自筆のクリスマスカードと、Eメールに添…
ウージェーヌ・ドラクロワ「ダンテの小舟」(1822) フランスを代表するロマン派の画家ドラクロワについては、以前少しだけこちらで触れた。 しかし、ルーヴルのデゥノン翼のフランス絵画の大作の部屋(ジェリコーの「メディーズ号の筏」もある)にあるドラク…
ドメニコ・ギルランダイオ「老人と少年」(1488) おや、修復されている?? ギルランダイオ(1449-94) はボッティチェリと並ぶフィレンツェ派の画家だ。なんと、ミケランジェロも当初は彼の弟子だったことがある。 ギルランダイオはとても写実にすぐれていて、…
名作たちのシリーズ?が20を超えてしまった。まだしばらく続きますので、気長に気楽にお付き合い下さいm(_ _)m さて、下にある2枚の絵だが、これらはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵だ、と言ったら信じてしまうかもしれない。 もちろん、実際はレオナルドの絵…
キリスト磔刑の場面。印象に残ったが誰の作品か、チェックし忘れた! 先に紹介したジョットの作品がある部屋には、フラ・アンジェリコの「聖母戴冠」や「聖コスマスと聖ダミアヌスの殉教」その他の名作もあったのだが、私が楽しみにしていたのは、何よりサン…
ジョット・ディ・ボンドーネ「聖痕を受ける聖フランチェスコと聖フランチェスコ伝から三場面(教皇イノケンティウス3世の夢、フランシスコ会会則の許可、小鳥への説教)」(1295-1300頃?) ルネサンスの画家といえば、ボッティチェッリやレオナルド・ダ・ヴィン…
彼女は常にカメラに囲まれています。 メロスのアフロディテこと通称「ミロのヴィーナス」の展示室まで来た。 かなり身長の高い像です。 彫像についてはこちらに詳しいので、細かいことは端折るが、前100年頃につくられたとされるこの彫像が発見されたときに…
「サモトラケのニケ」(前190年頃、大理石、高さ:328cm) 写真で見ると小さく見えますが、かなり大きいです。人も多いです。 ルーヴル美術館(博物館)で最も有名な「存在」と聞けば、大抵の場合、即「モナ・リザ」と「ミロのヴィーナス」が挙げられると思う…